東京証券取引所は2023年3月に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を公表し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請した。公表された資料では、PBR(株価純資産倍率)の1倍割れは「資本コストを上回る資本収益性を達成できていない、あるいは、成長性が投資者から十分に評価されていないことが示唆される1つの目安」と指摘されている。こうした流れの中で、PBRの改善あるいは資本効率の向上に向けた施策の1つとして自己株式の取得(自社株買い)への関心が高まっている 。
本稿では、まず、PBRの分母である「1株当たり純資産」を通じて自己株式の取得がPBRに与える影響を分析する。次に、業種として低PBRが顕著な銀行業を対象に、自己株式の取得が規制上の自己資本比率に与える影響について検討したうえで、多くの銀行 が直面している状況について若干の考察を加える。
自己株式の取得規模が小さい場合には、試算結果として得られた数値による影響は限定的かもしれない。しかし、PBRという指標自体が今後より強く意識される可能性があることや、低PBRが顕著な銀行業には規制上の自己資本比率という考慮すべき追加的な要素が存在することなどを踏まえると、「PBRや規制上の自己資本比率の現在の水準によって影響の程度や方向が異なる」という本稿の結論は、自己株式の取得に関する企業(特に銀行)の意思決定を理解するうえで有益な情報の1つになり得ると考えられる。