本稿では、国共内戦での敗退による中華民国政府遷台後の1950年代から、1987年以降の民主化後に初の政権交代が実現した2000年まで、中国国民党の一党支配下にあった台湾の対外文化政策を「中国語教育と国家シンボル」の二つに焦点を当て、“中国的”対外文化政策の起源と特徴という観点から検討した。中国語教育と孔子イメージを用いた対外文化政策のプロトタイプが国民党期台湾の対外文化政策に求められる点を指摘し、なかでも民間の立場から重要な役割を果たした人物として、Taipei Language Institute(TLI)の創設者の一人である何景賢を中心に紹介した。