大正期に多数出版された情愛書簡文例集について、「恋愛書簡文」を中心に、資料紹介・観察とともに、出版の意図や資料の位置づけ、役割等について、大正期という時代背景および文体史、文学史に関連させて考察した。その結果、情愛書簡文例集は大正という新しい時代ににおいて起こり得た現代人の様々な悩みや思想、およびそれにともなう新しい「表現」の発露としての場所であったこと、また「書簡文」という形式を取った、当時注目された自由恋愛・自由結婚、恋愛スキャンダルなどの臨場感あふれる「疑似体験」としての場でもあったことを指摘した。文体史的な観点からは、明治後期から徐々に拡がりを見せた口語体書簡文における、さらなる達成・成熟の軌跡であり、そこには小説文系の言文一致体と同様、口語体書簡文と「新しい」修辞・技巧との調和への意識・挑戦も見られたことを指摘した。