尊敬語には①「いらっしゃる」のように特別の形があるもの、②「お話になる」のように語頭に「お・ご」を、動詞の語幹に「になる」を付加した形、および、③「読まれる」のように「(ら)れる」と受身と同じ活用の形をとるものの3種が含まれる(文化庁, 2007)。上記②のタイプを菊地(1997, pp.144-145)では「ナル敬語」とし、③の形式を「レル敬語」としており、本研究でもこの呼び方を用いる。
「レル敬語」は、敬意の度合いが軽いとされる(菊地,1997ほか)。しかし、日本語教育における敬語の指導では、いつ「レル敬語」を使うのが適切か、という考え方に関しては曖昧で、「ナル敬語」と特別形は学習しても、「レル敬語」を扱わない初級教科書もあることが報告されている(菅生, 2021)。菅生(2024)は「現代日本語書き言葉均衡コーパス」の用例を分析し、一人称と共起せず尊敬の意味であると判断可能な「レル敬語」の用例に、被災や事故に言及するものが散見されることを報告した。
そこで本研究では、実際の文脈における用例の傾向と変遷を探り、日本語教育における「レル敬語」指導に示唆を得ることを目的として、新聞データベース「朝日新聞クロスサーチ」を調査した。
分析対象は、1985年より、2025年12月までの「被災された」「事故に遭われた」「被害を受けられた」の用例千数百件である。その結果、1995年の阪神淡路大震災、および2011年の東日本大震災をはじめ、度重なる震災および自然災害を経て、「被災された方に心よりお見舞い申し上げます」を典型例とするお見舞いの表現が、読者の投稿や関係者談話として掲載されるようになってきたことが示された。また「被害を受けられた方に心よりお詫び申し上げます」の表現が、不祥事の謝罪会見で「被害を受けた方」に代わり多用されるようになったことも明らかになった。これらは「話題がたとえば人の死亡・災難などに関するような場合には、敬語や改まった述べ方が使われやすい」(菊地、1997, p.44)ことの具体例でもあり、「レル敬語」の特徴的な用法であると考察した。