『演劇拍子記』(早稲田大学演劇博物館蔵)は明治四十年春、六合(六郷)新三郎によって筆写された冊子本である。囃子名目を列挙し、その用法や使用楽器を書き記した形式は、江戸期の劇書や狂言作者の覚書に似る。『演劇拍子記』という名や「慶応四ノ年弥生 四世桜田劇文堂主人」という序詞の署名からは、三世桜田治助の著として知られる『拍子記』が想起され、二代にわたる桜田治助に伝えられた類書の存在が窺える。さらに、川尻清潭が「芝居なんでも帳(二)」(『演芸画報』昭和十五年九月)に「劇文園主人」の著として紹介した『美都拍子』に序詞や項目の内容が酷似していることがわかった。こうしたことから『演劇拍子記』は、この『美都拍子』を底本に、六合新三郎が囃子方の見解を記し、別書名を与えた一本ではないかと考えられる。興味深いのは、実務側の囃子方が狂言作者とは異なる視点で細かく注を書き込んでいる点であり、歌舞伎の音楽演出に関する伝承の実態や故実好きで知られた六合新三郎の個性も垣間見ることができる。本発表では『演劇拍子記』をめぐって、その来歴と特徴、類書の『拍子記』との関係などについて、資料紹介を兼ねて報告する。