東京の小芝居は関東大震災によって打撃を受けたといわれるが、昭和十年代まではわずかな生き残りがその命脈を保っていた。明治・大正期の小芝居は、歌舞伎のみならず、新派、連鎖劇、活動写真など様々なジャンルが雑居する場であったが、昭和に残された小芝居は純歌舞伎の上演を売りにするものが中心的な位置を占めていた。そこでは、大歌舞伎とは異なる独自のレパートリーや演出もあったとされるが、その実態は明らかになっているとはいいがたい。
松竹大谷図書館に所蔵される「杵屋花叟旧蔵付帳コレクション」には、昭和初期の小芝居の囃子付帳(囃子方による黒御簾音楽の覚書)が多数収められている。その大半は、昭和十二年に廃座になった宮戸座のものと、「最後の小芝居」として昭和二十年まで持ちこたえた寿座(寿劇場)のものとが占める。囃子付帳の記述は音楽面が中心となるものの、そこから当時の小芝居における演出の実態を垣間見ることもできる。発表では、大歌舞伎との比較も試みながら、宮戸座や寿座で上演された演出の実態をいくつかの作品を例に探る。