「「台湾語を媒介とした国語教育」再考―戦後初期台湾における言語政策の一断面―」
日本台湾学会『日本台湾学会報』
第8号
本論文では、方言が「国語」と同じ「中国の言語」であり、「国語の推進を妨げる」のではなく、むしろ「助ける」として、戦後初期台湾では必ずしも一元的な言語教育政策がとられていなかったものの、いつしか一元化へと向かい、エスニックな対立の論点となった転換点の所在について論じた。特に、「台湾語を媒介とした国語教育」の検証から、「大陸反攻」のための動員を意図した1950年代中期に方針転換が確認できる点を明らかにした。