本稿は台湾における農業労働の調整過程を農工間労働移動のモデルによって分析した.本稿の分析により,農家のインセンティブに影響を与える政策,すなわち価格支持政策,農地転用規制の不完全による農地保有動機および農業財政政策は,農業労働の部門間移動を阻害し,農業部門の構造調整を遅らせる効果を持つことが示された.このことから,仮に農工間の交易条件や生産性格差が賃金格差に反映されたとしても,その他の要因が農業労働の供給に影響を与えるのであれば,農工間労働移動が引き起こされるとは限らないことが分かる.
2002 年のWTO 加盟により,台湾政府は農産物の関税と生産刺激的な国内支持政策の削減を承諾した.農業保護政策を内外価格差や交易条件の動向のみで捉えるならば,これは生産物価格の引き下げを通じて農業構造に影響を与えるものと解釈されることになる.もちろん,生産インセンティブに直接の影響を与える価格支持や直接支払いを削減することは農業部門の構造調整を進める上での第一歩となりうる.
しかし,生産刺激的な保護政策の削減と農産物貿易の自由化が進められたとしても,削減義務の対象とならない形態で行われる財政支出や,農地転用期待など農家のインセンティブに影響を与える要因が存在する場合には,必ずしも農工間労働移動の遅れが解消されるとは限らない.したがって,台湾農業の構造調整問題を解決するためには,価格支持政策の撤廃に留まらない幅広い調整促進政策が必要である.