漱石が1909年に連載した長編小説『それから』は、「ニル・アドミラリ」(無感動)に陥り、個人主義的で虚無的な気分に浸っている長井代助という青年が主人公であるが、彼がいかに「現代的」であり、また「現代を超越しているか」を示すために、漱石はその年に起こって新聞をにぎわしていた「学校騒動」(高等商業の学生による集団退学事件)や、「日糖事件」(日糖という会社をめぐる汚職事件)などをストーリーの展開に合わせて取り入れていることに注目した。ほかにも、連載している「東京朝日新聞」の他の小説の挿絵を取り込んだり、季節や時間進行にしたがって「花だより」を入れたりと、漱石は長井代助がツクリモノではなく、現実の新聞読者と同じように生きているように見せようとしている。そういう意味での〈リアリズム〉の構築にどのような技巧や努力をはらっているかについて具体例を掲げて発表した。