この論文は二つの点に分かれている。ひとつは、日露戦争直後の明治38・39年当時、特に社会問題となっていた〈青年の煩悶問題〉と『野分』との関係についてである。雑誌「新公論」の39年7月の特集は「厭世と煩悶の救治策」というもので、『野分』に登場する「現代青年の煩悶に対する諸家の解決」という記事と酷似している。少なくとも漱石が当時社会問題となっていた青年問題に意識的だったことは確実で、悩んでばかりいて覇気のない現代の青年に対するエールとして『野分』が書かれたとも言える。もうひとつは、やはり当時問題になっていた〈電車賃値上げ反対運動〉と『野分』との関係で、運動のために警察に拘引された男とその家族への同情が『野分』に描かれた意味を探った。どちらも従来の研究ではあまり取り上げられてこなかった問題であり、その意味づけを検討した。 163頁~193頁