夏目漱石『門』における〈腰弁〉生活のリアリティー-東京の片隅に生きる、一対の夫婦像-
「文學藝術」41号(共立女子大学文芸学部)
『門』(1910年)の主人公は東京の片隅に生きる一対の夫婦、野中宗助とお米である。宗助はある官省の下級官吏、蔑称でいう「腰弁」であり、郊外の貸家に住んでいる。この郊外は漱石自身が住んでいた早稲田南町周辺と思われるが、牛込区矢来に住んでいた漱石の兄・直矩の家をも思わせる。この兄は実際、官営であった郵便局に勤める下級官吏であった。漱石作品としては珍しい、貧しく慎ましい主人公たちの生活の意味と、その描写に影響を及ぼしたであろう直矩夫婦の実生活との関係について考察した。