防人歌に特徴的な表現である「大君の命かなしみ」や、家族の斎いの姿の描写は、一義的には大君への言立ててあり、家族による呪的保護の確認である。しかし防人歌はそれらを、類型的な悲別の恋歌の様式の中に取り入れて抒情するため、それぞれが王権による絶対的強制、父母や妻との悲別の嘆きを表出する恋歌という第二義的な意味を帯びる。本稿はこのあり方を口誦の歌掛けのもつ読み換えの技として考察し、さらにこのような技が、宮廷歌集である万葉集が悲恋の歌集でもあるという万葉集そのものの性格を解く鍵であると考えた。(p52~64)