個と物語という観点から、村上春樹「バースデイ・ガール」の今日における批評的意義について考察したものである。90年代以降の村上春樹文学では、個を損なおうとするシステムに対峙する物語の意義がクローズアップされるが、「バースデイ・ガール」に描かれるのは、個を根拠づけるはずの物語が個を損なう閉塞状況であり、一見したところ救いがない。しかし個を損なう物語の震源がじつは個の内側にあることと、こうした物語が起動する背景には現代社会特有の孤独があることを描きだしたこの小説は、危機的な状況にある現代を正面から見据えるものであると指摘した。