『浮雲』の文体的特徴を概術する。それによれば、『浮雲』の文体的特徴には、冒頭にも見える語り手の表現位置の定位が関わっている。神田見附の橋のたもとに立ち、役所が点在していた神田辺りの官員たちの帰宅の様子を底意地悪く観察し品定めする言表主体(語り手)は、あたかも物語の現場に立ち会っているかのように「いま」「ここ」を明示しながら語り出す。かつ、この物語内に仮構された語り手の表現位置は一定ではなく、物語る内容にともない作中人物との微妙な距離を取りながら変化する。それが文三の〈内面〉を語る言葉の装置となっていくのである。